『女はマニュアルを読まない』 -

女はマニュアルを読まない
  出典:『玉村豊男モバイル日記』 p77~p80 玉村豊男著 世界文化社刊

「ほらね、こうやって、……こうするのよ」
「で、これが出てきたらこう」
「わかった?」
「…………」
「あとは自分で覚えてね」
 パソコンがはじめて来た日のインストラクションはそれだけだった。
「パソコンはね、自分でやってみてはじめて覚えるのよ。とにかく使ってみて、わからないことがあったら聞いて。教えてあげるから」
「時間、かかるわよ。何十時間も何百時間も無駄にして、ようやく少しずつわかっていくものなのよパソコンは」
 ありがたい先輩のお言葉ではあるが、妻と妹の言葉には、彼岸に達した者だけが抱くことのできる、どこか突き放したような優越感が感じられた。
「とにかくやるしかないの。本なんか読んでも役に立たないし」
 たしかに、パソコンに関するあらゆるマニュアルと参考書は、どんなレベルのものでもわかりにくい。製品についてくるマニュアルなどまったく不可解である。

 それはよく知っている人が知らない人の気持ちを知らずに書くからだ(この文章もわかりにくいな)と、よくいわれるけれども、それほど単純なことでもないようだ。もちろん日本語の文章表現の巧拙はあるものの、たとえどうやったとしてもおびただしい専門用語はどれも日本語に訳しょうがなく、それらの言葉をそのまま使わなければ何も説明することができない。それでは目で見ればわかるかというと、参考書などにはパソコンの画面をそのまま印刷して操作の手順を説明してあるものも多いけれども、書いてあるとおりに操作しても出てくるはずの画面が違っていることが少なくない。

 詳しいことはわからないが、パソコンという機械そのものが、一種の多義性をもっているのではないだろうか。ワープロソフトの変換機能にしたって、出てくるはずのない漢字の組み合わせが出てくることがあり、面白いからもういちどやってみようとしても二度と同じものが出てこなかったりするではないか。書式の設定をしておいて、その設定をいじらずに文章を書いているのにあるとき突然書式が変わっていたりすることもある。誤操作の場合もあるが、神秘的としかいいようのないケースもある。

 ひとつのソフトが多くの人に使われることによってその潜在的な可能性を発見されていくとか、開発者も知らないような裏技がユーザーによって考え出されるとか、そういう話を聞くと、コンピュータというのはある意味では製作者のコントロールを超えた部分を持つ存在なのかもしれない。その点は、人間に似ている。だとしたら、親が子供のことを正確に説明できないように、本来完壁な取扱い説明書は書けないものかもしれないのである……。

 だから、「やってみるしかないのよ」
 という経験主義が、説得力を持つ。
「やってみて、わからないことは、知ってる人に聞くの」
「マニュアルなんか、読んだってわかりっこないんだから」
 女はマニュアルを読まない動物である。
 掃除機だって冷蔵庫だって、まず使ってみてから考える。
 道に迷ったとき、地図を見ようとするのは男である。女はあたりを歩いている人に誰彼かまわず尋ねる。
 良い悪いではない、ものごとへのアプローチのしかたが違うのである。
 その意味で、パソコンは案外女性に向いた機械なのかもしれない。

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使えるマニュアルの条件

1わかりやすい文章
 -読者の知識・技能水準への対応
 わかりやすいマニュアル文章の前提は、読者の知識、技能に見合った文章表現にあります。その要点は次の通りです。
・企画・設計段階で読者像を想定する
・専門用語の使い方は、読者の知識・技術で理解できる内容とする
・専門用語、社内用語は、最初に使う箇所で説明をつける
 なお、利用者(読者)層を特定できない場合は、中心となる対象層の年齢、知識・技術水準に設定します。
              出典:;『マニュアルのつくり方・生かし方』 p136より









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<p>マニュアルは「融通のきかない画一的なサービスを生む元凶だ」という声がある。はたしてそうだろうか





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