改革に役立つ参考書籍 『日暮硯』-理想のリーダ-像

 『日暮硯』は、信州松代で真田幸弘(さなだゆきひろ)が藩主の時代,藩の藩政改革を担った恩田木工民親(おんだもくたみちか)の業績を記したものです。江戸時代、この『日暮硯』は、改革の成功物語として全国にその写本に広まり,武士だけでなく庶民にまで広く愛読されました。た。まさに,藩政改革のマニュアルと呼べるものなのです。

 『日暮硯』の話は,はるか昔の江戸時代のことです。社会の仕組みや制度は今とは根本的に異なっていました。しかしながら、現代でも恩田木工(おんだもく)のやり方は通用するのではないでしょうか。
 
人は、自分が納得しなければ動かない。だから、改革を断行するにあたっては、まずは関係者を納得させることだ」。これが,改革リーダーの恩田木工の信念でありました。
 木工は,改革を行なうにあたり,「今後一切ウソはつかず、一度ロに出したことは改変しない」と公言。さらに,改革に命を勝ける覚悟を見せたのです。そして,関係者全員に詳細な改革計画を語り,その成果を認識させました。 こうした姿勢により,領民は木工に信頼を寄せ,改革を強く支持しました。
 木工は,トップダウン型ではなく、コンセンサス重視型のリーダーだったといえるでしょう。そのマネジメントは、今の私たちが最も希求する理想のリーダ-像といえましょう。

『日暮硯』p4~p5 より
 改革にあたって木工は、諸役人だけでなく、領民すべてに自分の政策を事細かに説明し、彼らの同意を取りつけている。木工が大切にしたのは「信」であった。自分に対する信頼がなければ、人々はついてこないと考えたのだ。ゆえに異例ながら、こうした措置をとり、同時に自分は粗食に甘んじ、その身を強く律したのだった。
 こうしてはじまった松代藩の宝暦改革であったが、他藩のそれとは大いに様相が異なった。ふつう改革といえば、徹底的な倹約を領内に命じ、農民への増税や武士への給与カットで財政を再建するのが一般的であった。
 ところが木工は、一切増税はせず、逆に農民への諸役を廃止し、「今後は年貢の先約や上納金は求めない」と約束、「役人に対する不満を書面にしたためて差し出せ」と申し渡したのである。農民たちは狂喜し、瞬時に彼らをしてみずから改革に協力させる体制をつくり上げることに成功したのだった。
 さらに驚くべきは、不正を告発され戦々恐々としている悪徳役人たちを自分の同志としたことだろう。罪を許されたことに大いに感謝した彼らは、以後、木工の忠実な手足となって改革に尽力していくことになった。
 いかにすれば部下は動き、仕事が成功するのか -。江戸時代に記されたものでありながら、この本にはそうした処世術が数多く含まれている。
『日暮硯』と改革の時代 恩田杢にみる名臣の条件 (PHP新書) - 笠谷 和比古
『日暮硯』と改革の時代 恩田杢にみる名臣の条件 (PHP新書) - 笠谷 和比古

 一説では米沢藩中興の祖・上杉鷹山よりも藩政改革の手腕に長けていたといわれる、信州松代藩の家老・恩田木工。
俸禄未払いや、強硬な年貢の取り立てに対して不満を抱いていた藩士や領民は、虚言続きの藩に忠義の心はなかった。そこで、木工は、「今後一切嘘をいわない」という宣言をし、自ら質素倹約を実行。その徹底ぶりが領民の心を動かした。
また不正があれば、落ち度を責める前にまずシステムを調べ、諸制度の煩雑さゆえ不備が頻発すると判断した場合は、その仕組みを改めるなど、「仁政」で藩財政を建て直した。
わずか5年で、破綻寸前の財政再建を成し遂げた恩田木工の型破りな手法とは!?

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